ファンレター未満

今すべてが始まる

舞台『いまを生きる』 ニールのしたことは愚かだったのか?

いまを生きる DEAD POETS SOCIETY 舞台版 感想と考察

※舞台のみ鑑賞。映画はまだ観ていません。追記するかも…?

 

キャスト(敬称略)

ジョン・キーティング役…佐藤隆太

ニール・ペリー役…宮近海斗(ジャニーズJr./Travis Japan)

トッド・アンダーソン役…永田崇人

ノックス・オーバーストリート役…七五三掛龍也(ジャニーズJr./Travis Japan)

リチャード・キャメロン役…中村海人(ジャニーズJr./Travis Japan)

スティーヴン・ミークス役…浦上晟周

チャールズ・ダルトン役…田川隼嗣

ペリー氏役…冨家規政

クリス役…羽瀬川なぎ

ノーラン校長役…大和田伸也

 

 

 

(1)ニールとキャメロン


ニール・ペリーは心優しく賢明で成績優秀。
だからと言って生真面目すぎる訳ではなく、ふざける時には
思い切りよくふざけられる。
分け隔てなく人に接することができ、
その人の言動が正しいのか誤っているのか、
偏見を持たずに判断することができる。
絵に描いたような好青年だ。

そんなニールは、誰からも好かれる。キャメロンもニールのことが大好き。
いじられ役の自分のことだって、ニールは皆と平等に扱ってくれるから。
ダルトンに勉強会に誘われたニールは言う。
「キャメロンにも誘われているんだ、あいつも一緒でいい?」
ダルトンが新聞に「ウェルトンは女子生徒を受け入れるべきだ」
という記事を寄稿した時、キャメロンは
「あいつら(ノーラン校長たち)が詰問するとは思わなかったのか?」
とダルトンを責める。
反論するダルトンに対し、ニールは
「そんなことはすべきじゃなかった。キャメロンが正しい」
とキャメロンの意見を肯定する。

キャメロンは授業中必ずノートを取る。幸福な人生を送るために。
キーティングの言葉をノートに書き取ろうとしてノートを閉じられた時は驚いてキーティングの顔を見る。
トッドが詩を書いている時も、「どうして詩なんて書いてるの?この前の授業じゃ、課題なんて出てないよ!」
キャメロンには課題ではない詩を書くことは理解できなかった。
先生の教えを書き取ることは得意だけれど、
心の奥底から湧き上がるものに耳を傾けるのはちょっと苦手。
しかし、「順応性の危険を証明する授業」では、
最初は「自分の歩き方は正しいかどうか」を気にしながら歩いてたけれど、
後半は楽しそうに歩いていた。
あの時が1番、キーティングと心が近づいていたのではないかと思う。

「順応(性)」とは、「環境や境遇の変化に従って、性質や行動がそれに合うように変わること」「外界からの刺激に対して、感覚器官が慣れていくこと」。
キャメロンは、死せる詩人の会の皆と色んな刺激を浴びようとしていた。
ニールの芝居も観に行った。試験に出ない、課題でもない芝居を。
大好きなニールが出ているから、という理由だけなのだろうか。
死せる詩人の会に仮入会する前のキャメロンだったら、観に行っただろうか。
芝居に出るというニールを「くだらないよ」と止めたかもしれない。
ニールが自ら命を絶った夜、死せる詩人の会に初めてキーティングが来たあの夜、
死せる詩人の会で初めて書記係が喋ったあの夜、キャメロンは姿を現さなかった。
あの夜、キャメロンはどこで何を思っていたのだろう。
ニールが来ないから参加しなかったのか、他に理由があったのか。

キャメロンはニールの死後、学校とペリー氏の矛先を自分たち「死せる詩人の会」
ではなく、キーティングに向けた。

「学校は誰のせいにしたいって言うんだ?」

「キーティングだよ!君たちのキャプテン!」

そんなこと言わないでよキャメロン。あなたにとってもキャプテンだったでしょ?1番大切なニールを失って、変わってしまったの?
キャメロンは自分を、そして結果的に死せる詩人の会の仲間たちを守る選択をした。
もし「死せる詩人の会」に関わった生徒が罰せられたなら、
自分も退学になってしまう。
キャメロンにとって退学は即ち幸福に生きられないことを意味する。
キーティングを裏切り非情な選択をすること。
それがキャメロンにとって「いまを生きる」ということだった。

キャメロンはこれから様々な環境に順応しながら、
両親やノーラン校長をはじめ学校の期待に応えて、幸福な人生を生きていくだろう。
でも、彼は頭が良くニールのことが大好きだったから、
ふとした瞬間に自分の取った行動が正しかったのか悩み苦しみながら、
順応性に飲み込まれそうになった時には、
時に順応することに疑いを持つことを思い出しながら、生きていくのだろう。

f:id:miimoon:20181101002854j:image

(2)ニールとトッド


正反対の存在にみえる。
明るく聡明な人気者と口数少ない陰気な青年。陰と陽。
しかしニールは固く閉ざされたトッドの心を少しずつ開いていく。
詩を読むのが苦手なトッドが「死せる詩人の会」に
参加しやすいようにニールが声をかける。
「大丈夫。僕がうまくやるから!」

自分が芝居というやりたいことを見つけ、飛び込もうとしている時に
「お父さんに内緒で芝居に出るってこと?そんなことできないよ」とニールを止めるトッド。
ニールは「もう。どっちの味方だよ?」と苛立ち、
『死せる詩人の会』にトッドが参加する前と後で
変化を感じられないことを引き合いに出し、
「何かしたいと思わない?」
「(会に参加することは)一緒にたくさんの刺激を浴びるってことだ、それなのにきみは、傘に隠れて、その刺激を浴びようとしない」とたたみかける。
トッドからすれば、心の触れられたくない部分に、土足で踏み込まれて、
傷ついていただろう。嫉妬と羨望と苛立ちにまみれて。
「確かなのは、この問題に関して君にできることはないってことだ。ほっといてよ。」
しかしニールは「いやだ!」と言ってトッドに関わろうとする。
タイプライターを使って応募書類を偽造するニール。
「ニール、そんなの、間違ってるよ」
「いや、これが正しいんだ」

授業中に咆哮し、ウォルト・ホイットマンについて空想の詩を読んだ時、
1番に拍手するのもニール。
トッドが誕生日に2つ目のイェール大学カップをもらった時、
ジョークを交えて元気づけたのもニール。
ニールはトッドが閉ざしていた心の扉を開き、
トッドが変わるきっかけをもたらした、トッドにとって
これから先もかけがえのない友達になった、はずだった。
『死せる詩人の会』で初めてトッドが読んだ詩。
1番聴いてもらいたかったニールが、永遠に聴くことはなかった詩。

学校はニールとキーティングのいない世界になった。
詩を書いたり読んだりすることが是とされない世界。
授業中、トッドはノーラン校長に指名されても、
的確に回答することができない。
話すのが苦手な、ニールやキーティングと出会う前の
トッド・アンダーソンに戻ってしまった。
しかしキーティングが教室に姿を現すと、
1番に「無理やり署名させられたんです、信じてください」と
キーティングに叫んだ。
理想から程遠いウェルトンが、
心から湧き上がる感情や想像を言葉にすることを
許容できる場所に、
トッドが少しでも生きやすい場所になりますように。

 

(3)ニールとキーティング


ニールはキーティングに強く影響を受けた。
真っ先にキーティングがどんな学生だったのかアルバムで調べた。
『死せる詩人の会』についてキーティングに尋ねたのもニールだ。
『死せる詩人の会』で読んだ詩がきっかけで、ニールは
自分の人生の舵を自分で自由に取ることの歓びを知った。

「憤怒と涙の対岸には恐ろしい死の世界が広がっている
幾年にも脅威を与えようとも私が恐れないことを知るだけだ
たとえ狭き門であれ峻厳な罰を受けようとも
我が運命の支配者はこの私
我が魂を導くのは自分自身なのだ
…僕が運命の支配者だ!」

ニールが芝居に出ようと決心したのもこの詩が契機だろうと私は思っている。
ニールが父・ペリー氏との対立で助けを求めたのもキーティングだった。
キーティングは父親と話し合うようニールを説得する。
「ありえない」
何度も何度も父と話そうとしてきた。でもだめだった。
だがキーティングにはそれが分からない。
「もっと簡単な方法はないんですか?」
「自分自身に誠実でいたいなら、それ以外に方法はない」
芝居に出たことに激怒したペリー氏をよそに
キーティングはニールに賞賛の言葉を贈ろうとするが、
「私の息子に近づくな」
と言われ、何も言えなくなってしまう。
ニールがキャプテンであるキーティングに向ける敬礼と
泣きながら笑っているような切ない最後の笑顔は、
観客の私は、恐らくキーティングも、忘れることができない。
キーティングが愛おしそうに、机に、椅子に触れながら、慟哭する姿も。

 

(4)トッドとキーティング

トッドとキーティングは似ている。
明朗で快活なキーティングと暗く物静かなトッドは正反対に見えるが、
言葉を吟味することが好きなところ
(トッドは詩を書くシーンが、キーティングは恋人に手紙を書くシーンがある)や、
父親の了承を得られていないニールの芝居には反対の姿勢を取るところ、
キーティングが「大胆さではなく愚かさ」と称した、
学校を退学するという選択をしないところ。
「教えることは、彼の人生そのものです」
もし物語に続きがあるのなら、
トッドは教師になり、キーティングの教えを受け継ぐのかもしれない。

 

(5)ニールとペリー氏


ニールの父・ペリー氏は、ニールに常に厳しい。
ニールは父から褒められたことはあったのだろうか。
自分が夢見ることさえ許されなかったことを実現できる場所にいるニールが
道を踏み外さないように、ただただそれを願っているのが痛いほど伝わってくる。
自分が若い頃に後悔するようなことがあったのか、
自分の家が貧しくて学ぶことすらままならなかったのか、
想像しかできないが、紛れもなくニールのことを思ってのことだった。

ニールを抑える1番の言葉は、
「母さんをがっかりさせたくはないだろう」という台詞だった。
ニールの母親は物語には一度も登場しないが、
恐らく病弱な女性だったのではないだろうか。
それも相まって自分がニールを立派に育てなければ、
幸福な人生へと導かなければ、
とペリー氏を追い込んでしまったのかもしれない。
しかし、ニールが死を選択する前に、ニールを母親と会わせてあげてほしかった。
ニールが母親に話を聴いてもらうことができれば、
ペリー一家にまた別の道があったのではないかと思わずにはいられないのだ。

 

(6)「退学」と「死」

劇中では、退学という言葉が頻繁に使われる。
退学になることが非常に恐れられている。
学校の伝統と規律を乱すようなことをすれば、体罰も厭わず、
退学の可能性をちらつかせる。
親に期待され、賢く向上心に満ちた彼らからすれば、
退学はその道から外れること。
死ぬことと同じだと思う生徒もいるだろう。
チャールズ・ダルトンは、劇中で退学した唯一の生徒だった。
彼を失うことを暗示するシーンがあった。
名前を『ヌワンダ』に変えたシーンだ。
この世に生まれて最初に与えられる「名前」。
それを捨てることは、「死」と限りなく同義に近い。
他の物語においてもそのようなシーンはしばしば見られる。
ハリー・ポッターでは、トム・リドルが、
マグルのものが混ざった自分の血や両親と決別し
新しく闇の魔法使いとして生まれ変わるため、
「ヴォルデモート卿」と自らを名付けた。

f:id:miimoon:20181101002741j:image

千と千尋の神隠しでは、千尋は湯婆婆から
「千尋?贅沢な名だね」と名前を奪われ、
異世界で千として生きるうちに、湯婆婆に支配され、本当の名前を忘れそうになる。

f:id:miimoon:20181101002753j:image

ダルトンは、『ヌワンダ』として、
ウェルトンで是とされる実学とは関係のない、
心から湧き上がる音楽をサックスで奏でた。
学校新聞にはウェルトンに挑戦的な記事を寄稿し、
キーティングに全責任を押しつけたキャメロンにも
暴力を振るった。
「君以外全員の署名がある」とノーラン校長はトッドに言ったが、
ダルトンは恐らく署名を拒んで退学になったのだろう。
ダルトンにとっては、退学を選んででも、
そこでやるべきことをすれば保証されている幸福な人生を振り払ってでも、
彼にとっては「自分に嘘をつかない、
正しいことには賛成し、間違ったことには異を唱える」ことが
いまを生きるということだったのだろう。
キーティングはこう言う。
「退学や居残りをすることは大胆とは言えない、それはただの愚かさだ」
「親や仲間、周囲の人への責任がある」
「自分を危険にさらすことは大胆とは言えない」
「ここは理想とは程遠い場所だが、それでも見つけられるものが必ずある」
ダルトンがそれが何なのか尋ねると、
「少なくとも、私の授業が受けられる」
とキーティングはいたずらっぽく答えるが、
ダルトンは、キーティングの授業が受けられなくなり
本当に学校を去ってしまった。

ニールは、父親に芝居することを禁じられ、
士官学校への転校を命じられた。
自分の心の赴くままに役を演じる、
ニールにとっての「いまを生きる」人生と、
両親の期待に応え仲間と共にウェルトンでアイビーリーグを目指す人生の
両方を絶たれてしまい、「死」へと向かってしまった。

 

(7)「生まれた愛」と「壊れゆく愛」

物語の中で最も印象的なシーンの1つに挙げられるのが、
2本の柱の間を、手を繋いで芝居へと向かうノックスとクリス、
それに続く憤ったペリー氏、
ペリー氏とすれ違いながら舞台に向かうニールの姿だ。
クリスに恋心を抱いたノックスは、
クリスがいかに素晴らしい女の子なのかを
ニール達に力説したり、
クラスに電話をかけたり、自作の詩をクリスのクラスメートの前で
クリスにプレゼントしたりと、
コメディ要素が強い。ノックスがいると場面が明るくなる。
「しめがいると明るくなる」「トラジャの女神」
とメンバーも話していたが、Travis Japanの中だけでなくこの舞台においても、
まさにノックスは観客の支えだった。
体罰や自殺などを扱い、
ともすれば深刻な内容になってしまう舞台に明るさをくれた。
そんなこれから始まる愛と対照的なのが、
ニールとペリー氏の壊れゆく愛だ。
互いに相手のことを思っているのに、
相手を悲しませることを心から望んでしまう。
父のそんな愛情が、ニールを蝕んだ。

 

(8)「愚かさ」と「大胆さ、生きる真髄を心ゆくまで味わうこと」

キーティングは、キーティング自身や
『死せる詩人の会』の影響を受けたヌワンダが、
「ウェルトンは女子生徒の入学を認めるべきだ」という記事を
学校新聞に寄稿した際、「愚か」だと言う。
自分を居残りや退学の危険にさらすようなことは大胆とは言えない、と。
では、同じくキーティングや『死せる詩人の会』から影響を受けて
ニールがしたことは「愚か」だったのか?
キーティングはニールが芝居に出ることを喜んでいた。
芝居当日も観劇し、ニールに賛辞を贈っていた。
ニールのすることを決して「愚か」だとは言わなかった。
父親の了承が得られていないこと、ただ一点を除いて。
キーティングの最初の授業でニール達に教えた言葉。
「いまを生きるんだ、諸君」
ニールがいまを生きようと必死でもがけばもがくほど、
生きることから遠ざかってしまった。
「なんて素晴らしいんだ…!」
「この芝居が?」
「演じることがだよ!」

キャメロンの言うように、キーティングと出会わなければ、
自ら命を絶つこともなく、寮の部屋でくつろいで、
化学の勉強をしていたかもしれない。医者になることを夢みて。
でも、キーティングと出会わなければ、ニールは演じることの歓びに
出会えなかったかもしれない。
「生きる真髄を心ゆくまで味わうこと」だった芝居と
出会わずに生きることは、ニールにとって幸福な人生だと言えたのだろうか。

ミークスが教科書を読む声がする。
「薔薇の蕾を摘むのは今。」
キーティングが語りかける。
「いまを生きるんだ、諸君。」
生きろ、生きるんだ。

 

 

Travis Japan のしめちゃかんちゅと、

永田崇人くん、浦上晟周くん、田川隼嗣くんがこの舞台を通して絆を深めていっているのが、演技だけでなくTwitterやブログからも伝わってきたので、

『死せる詩人の会』をこれからも定期的に開いていってくれたら嬉しいな。佐藤隆太先生も。

 

素晴らしい舞台を、ありがとうございました。